竹島問題と在日特権の歴史年表

On 2013年12月19日

 

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竹島問題と在日朝鮮人特権の歴史年表

 

この年表をよく読むと、いかに韓国が非道であったのかが(見解がどうのこうのではなく)よく理解できます。

1949年01月:李承晩、政府樹立直後の新年記者会見で日本に対馬島返還を要求。(この要求はGHQにより「根拠がない」と却下。日本も拒否。) 

1949年02月:韓国軍一斉に釜山に集結開始(対馬返還の後押し、または対馬上陸作戦を画策したものと推察)

1949年04月:国連安保理、韓国の国連加入案を否決

1949年05月:米軍から李承晩政権への武器供与を停止

1949年06月:米、韓国撤退完了を発表

1950年01月:米韓軍事援助相互協定調印。が、米は韓国側からの軍事支援要求を拒否

1950年04月:韓国、空前の大インフレ。年間200%を超える

1950年6月  :朝鮮戦争始まる…

      ・北朝鮮怒濤の南下、北による統一直前に至る

      ・日本に大量の韓国人避難民が到着

同年7月   :GHQレッドパージを発動、日本占領方針を転換

同年9月   :国連軍出動
     (安保理事会をソ連が欠席し、拒否権を行使しなかったので国連軍が成立)
国連軍怒濤の北上、あと少しで南による統一寸前。
     GHQの命令で、旧日本海軍の残存部隊、国連軍に協力し朝鮮戦争で機雷掃海を行う

同年11月 :中国共産党 中国義勇軍で参戦
     38度線付近まで押し返され、戦線膠着

1951年7月  :休戦会談開始

同年9月  :日本と連合国はサンフランシスコ講和条約調印、1952年4月 をもって日本が独立回復することが決まる

1952年1月
朝鮮戦争のさなか、(韓国を守るための)国連軍の後方基地と機雷掃海を引き受けていた日本に対し、韓国政府は、日本が独立回復する前に、李ラインを宣言。竹島を電撃占領

多くの日本漁船が攻撃され死傷者多数・拿捕された。

韓国が拿捕した日本船籍の船舶数:328隻(行方不明併せると340隻)
抑留された日本人の数:3929人
拿捕の過程での死傷者数:44人(殆どが射殺と溺死)
日本は抗議するものの、GHQ占領下で涙を飲む。
(※ 在日特権は3,929人の人質と引き換えに日本刑務所にいた400名弱に付与された。 これ以外は全て詐欺による取得と言える )

同年4月28日  :ようやく日本独立を回復

1953年7月   :朝鮮戦争、休戦協定成立。 (中国と北朝鮮軍事同盟を結ぶ)
・日本への避難民は帰国せず、日本に居着き、いつの頃からか「強制連行された」とウソをまき散らす。
・竹島占領は、まさに火事場泥棒だった。

 

■日韓基本条約締結、賠償(身代金)3億ドル( 韓国の国家予算を超えていた )、日本刑務所の在日朝鮮人に特権付与と引き換えに日本漁民開放。
(この3億ドルはボスコなど企業設立や工場建設、道路・鉄道・発電所・ダムなどのインフラ整備に使用され「漢口の奇跡」を起こした。  元々韓国は農業主体で、日韓併合まで工業は無かったのである)

■韓国の領土侵犯と朝鮮戦争(停戦中)これらの事件によりGHQの方針が変わり日本の軍備が成された。
警察予備隊>自衛隊の誕生である。 日本と朝鮮半島はアジアのスイスとなる国連計画だったが、朝鮮人の醜い争いが全てを変えてしまい今に至る。 朝鮮半島は戦後ずっと不安定な紛争地帯のままだ。

 

1952年、当時の大統領李承晩は国際法のルールを無視し、
「李承晩ライン」を勝手に引き、そして李承晩ライン内にある竹島を韓国領土だと主張してこれを占領。

竹島周辺で操業をしていた漁船328隻が拿捕され、3,929人もの漁師が抑留。
その期間は、1965年の李承晩ライン廃止まで13年間。 拿捕時に銃撃や追突を受け、44人の死傷者を出す。

拿捕した漁師を人質に取り、「日韓基本条約」と「日韓法的地位協定」の交渉を有利に進める。

 

1965年、日本と韓国は在日の扱いをどうするかの「日韓基本条約」と「日韓法的地位協定」が結ばれ、在日韓国人に無条件で子々孫々永住が出来る資格が与えられる。

つまり、在日コリアンが日本にいられる正当な理由はない。

ましてや、反日に凝り固まって恩を仇で返し続ける在日朝鮮人たちは、日本に居座り続けることなどせず、早く日本から出て行ってしかるべきである。

配慮しても配慮しても、どれ程意を尽くしても、満たされるほど不満を抱く多くの在日韓国人。

感謝してしかるべきなのに、罵詈雑言の雨あられ。

 

これが、「日本軍による被害者」と学校で教えられ、テレビや新聞が報道してきた在日及び韓国との真実の歴史だ。

 

 

 

 

「正しい日本の歴史」 (目次)

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