原爆は、アメリカでは、どう評価されているのか?

On 2013年10月9日

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私たちに知らされてはいないが、米エネルギー省の実験記録には

「ウラン型、第1回目/広島」

と書いてある。

 

原爆9長崎に落とされた原爆

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たちは学校で

「 戦争の早期解決のために原爆は投下された 」

「 日本が悪い戦争を起こしたから受けた罰である 」

などと、とんでもないことを学んだ。

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果たして、「真実の評価」 はどのようになっているのであろうか?

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原爆投下を行った国、アメリカ合衆国での評価を確認する。

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「 いかなる詭弁を用いようと、原爆投下の主目的が、戦闘員ではなく女子供老人などの非戦闘員の殺傷であったことを否定することはできない。 

そもそもアメリカは日本を挑発しなければ決して真珠湾を攻撃されることはなかっただろう。」 

ハーバート・フーバー      第31代アメリカ合衆国大統領

「 原爆投下は、米国兵士の命を救うためには全く必要のないものだった。  我々は日本に原爆を投下する必要はなかった。」 

ドワイト・D・アイゼンハワー      米第34代大統領 連合国軍総司令官


「 日本がソ連に和平仲介を頼んだと知った1945年6月、私は参謀達に、戦争は終わりだ、と告げた。  ところがワシントンのトルーマン政権は突如日本に原爆を投下した。  私は投下のニュースを聞いたとき激怒した。」 

連合国軍総司令官      ダグラス・マッカーサー


「ドイツがアメリカに原爆を落としたとしましょう。  その後ドイツが戦争に負けたとします。  その場合我々アメリカ国民の誰が  “原爆投下を戦争犯罪とし、首謀者を極刑に処す” ことに異議を唱えるでしょうか?  原爆投下は外交的にも人道的にも人類史上最悪の失敗だったのです。」 

マンハッタン計画参画の科学者      レオ・シラード


「 アメリカはこの戦争を外交的手段で終了させられた。  原爆投下は不要だった。  日本の犠牲はあまりにも不必要に巨大すぎた。 

私は東京大空襲において、同僚達と、いかにして日本の民間人を効率的に殺傷できるか計画した。

その結果一晩で女子供などの非戦闘員を10万人焼き殺したのである。 

もし戦争に負けていれば私は間違いなく戦争犯罪人となっていただろう。  では、アメリカが勝ったから、それらの行為は正当化されるのか??  

我々は戦争犯罪を行ったんだ。 

一体全体どうして、日本の67の主要都市を爆撃し、広島・長崎まで原爆で、アメリカが破滅させ虐殺する必要があったというのか。」 

ロバート・マクナマラ      ケネディ政権国務長官 元世界銀行総裁

 

 

原爆7原爆投下直後の広島

「 日本上空の偵察で米軍は、日本に戦争継続能力がないことを知っていた。  また天皇の地位保全さえ認めれば、実際原爆投下後もアメリカはそれを認めたのだが、日本は降伏する用意があることも知っていた。 

だがトルーマン大統領はそれを知っていながら無視した。 

ソ連に和平仲介を日本が依頼したことも彼は無視した。 

この野蛮な爆弾を日本に投下したことは、なんの意味を持たなかった。  海上封鎖は十分な効果を挙げていた。 

この新兵器を爆弾、と呼ぶことは誤りである。 

これは爆弾でもなければ爆発物でもない。 

これは “毒物” である。 

恐ろしい放射能による被害が、爆発による殺傷力をはるかに超えたものなのだ。 

アメリカは原爆を投下したことで、中世の虐殺にまみれた暗黒時代の倫理基準を採用したことになる。 

私はこのような戦い方を訓練されていないし、女子供を虐殺して戦争に勝ったということはできない!」 

ウイリアム・ダニエル・リーヒ 米海軍提督・大統領主席補佐官


「 私はトルーマンに、広島の破壊を示す写真を示した。  大統領は、それを見て、我々が負わなければならない恐るべき責任について、私に吐露した。」

ヘンリー・スティムソン      米陸軍長官

 

 

原爆212原子爆弾の炎で黒焦げになった少年

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8月6日、広島にウラン型原子爆弾が投下された。

トルーマンは「獣(けだもの)を扱うには獣の扱い方がある」と発言。

8月9日、日ソ中立条約を踏みにじってソ連が参戦し、兵員1,577,725人、火砲26,137門(迫撃砲含む)、戦車・自走砲5,556両、航空機3,446機(海軍の装備を考慮しない数)と圧倒的な兵力をもって3方向から満州になだれ込み、ソ連海軍は大挙して北方諸島に襲いかかった。ここに日本の敗戦は決定した。

その3日後、8月12日、長崎にプルトニウム型の原爆を投下。

日本の敗戦が決まった以上、明らかに戦争終結を早めるためではなく、日本の家屋を破壊実験のサンプルとし、日本人の幼子や女性を含む民間人を人体実験のモルモットとした2種類の原爆実験であった。

(※京都を含む原爆投下候補地は空襲を控え、町並を残していた。京都が焼けなかったことで「アメリカは日本の伝統文化を守ってくれた」と今でも日本人は、知識人を中心に愚かな感謝を続けている)

 

1997年、歴史家で 米原子力制御委員会主席 J・サミュエル・ウォーカー は 『 原爆投下とトルーマン 』 を発表。

「 この数年公開された外交文書と当時の米政府高官の日記の詳細な分析により、なぜアメリカが原爆を使用したかが増々明確になってきた。  日本本土侵攻を避ける為にも早期終戦にも原爆は必要なかったこと、原爆以外の容易な外交的手段がありトルーマンはそれを知っていたこと、原爆はアメリカの若者50万人の命を救ったというこけの生えた主張に全く根拠がない、という点で我々研究者達の意見は一致した。」   

 

 

 

「正しい日本の歴史」 (目次)

http://rekisi.amjt.net/?page_id=9

 

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