「従軍慰安婦」の真実11 勇気ある(?)証言者たち

On 2013年4月14日

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慰安婦6

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“ 息を吐くように嘘をつく ”

朝鮮人を表現した言葉。

なぜ、「朝日新聞」 に当てはまってしまうのかが、解らない。

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従軍慰安婦、最初にして最強の証言者

ホームページ『依存者の独り言』より引用します。

もともと韓国には妓生(キーセン:国が認めた売春婦)という公娼の歴史と伝統がある。 妓生は日本の遊女に似た存在である。 要は公の許可を得て男に性的サービスをする売春婦のことだ。 この妓生、高麗時代からつい最近に至るまで韓国に存在していた。

平成3年に自ら元慰安婦として名乗り出て、今の“従軍”慰安婦という虚像の元になった金学順も、母親によって14歳の時に平壌の妓生検番(日本でいう置屋)に売られている。 つまり金学順は妓生の卵だったのだ。

そして彼女を華北の日本軍慰安所に連れて行ったのは、検番の義父である。

知らない方も多いと思うが、韓国で全ての売春施設が閉鎖され、売春行為が違法となったのは平成16年とごく最近のことだ。

それまでは妓生と呼ばれる公娼が堂々と営業しており、国営妓生(国営の売春婦)さえいた。

こういう背景の中で売春が職業としてもてはやされるのは何ら不思議ではなく、韓国人売春婦が日本や北米、アジア諸国、ヨーロッパ諸国、オーストラリアにまで進出するのも当然と言えば当然なのである。

日本軍慰安婦で最も多かったのは日本人であり、次が朝鮮人だった。 日本人慰安婦はそのほとんどが公娼、あるいは私娼出身だったが、朝鮮半島出身者も同様であった。

日韓併合(1910年)で禁止されるまで、初潮前の幼い少女を妓生とすることも多かった朝鮮半島である。 妓生より破格に実入りの良い「軍人相手の慰安婦」を志望した韓国人女性(またはその家族)が多数存在したことは、想像に難くない。

初めて従軍慰安婦が新聞記事となった「金学順」(キム・ハクスン)について言えば、妓生検番に売られ3年間の修行を終えたものの年齢不足で妓生になれず、そのため検番の義父によって日本軍慰安所に送り込まれたのが事実である。 

(以上、引用おわり)

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第1号の証言者 金学順

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「 これは、玉が悪かった。今度はもっとましな奴を見つけよう 」

従軍慰安婦をねつ造し続ける弁護士・高木健一が、名乗り出た金学順さんについて秦郁彦先生につい話してしまった有名な言葉。

この言葉の意味は、「 自分は40円でキーセンに売られた 」 と日弁連所属の弁護士・高木健一が起こした賠償請求裁判での訴状をはじめ、あちこちで公言したからである。

しかし、朝日新聞は、ねつ造報道を続け、多くの日本人も、その捏造報道を「朝日新聞が書いているのだから・・・」と信じ続け学校で教えた。

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金学順(1924~1997) 源氏名・アイコ    の証言の変遷

  平成3年年8月14日 本人の証言

「 14歳の時、家庭が貧しかったので妓生(キーセン)運営者の養女となった。
 そこから妓生巻番(養成所)に通った。 17歳の時、養父に華北にある日本軍の慰安所に連れて行かれ、40円で売られた 」

  平成3年12月25日 朝日新聞

植村隆の金学順への取材記事 「元朝鮮人従軍慰安婦 戦後半世紀 重い口開く」 と報じる。

  平成9年年8月20日 平和資料館HP
「 17歳になったとき、日本軍人に殺すぞと脅され連行された。最前線で1日何十人も相手にされられた 」

  平成9年12月16日 京都新聞

「 金さんは旧満州で生まれ、平壌で育ったが、17才の春に、日本の軍人に強制的にトラックに乗せられ、中国大陸の前線に連れて行かれたと証言 」

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慰安婦7涙を流しながら証言した金学順と

ウソを広めて日本を貶めたい左翼な

「 人権弁護士 」 軍団

確認すべき動画(TV番組)

従軍慰安婦は大ウソ!池田信夫~バカでもわかる動画~

http://www.youtube.com/watch?v=iOch_yQfTxU

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平成3年、『朝日新聞』の植村隆という記者が懲りる事なく再び「従軍慰安婦」の生き証人だった金学順のインタビューを朝日新聞に掲載。

この朝日新聞による、怪しすぎるネタ元の「ねつ造した報道」で、完全に潮目が変わりました。

朝日新聞が行った 「従軍慰安婦の一大キャンペーン」 に呼応する形で、翌年、

平成4年、訪韓した宮沢総理は謝罪を繰り返し、その記事を日韓のメディアが連日大きく報道。

日本の主要新聞が生き証人を出して日本国家に反省を迫る記事を書き、一国の総理大臣が公に謝罪したことで、完全に 「日本は、従軍慰安婦を強制した」 ハレンチな国家と自ら世界に向かって認めた形になってしまったのです。

 

しかし、嘘は簡単にバレる。

 

金学順が、その後も「親に金で売られた」と正直に話してしまったのである。

ソウル大学の 安秉直教授

平成18年、「(慰安婦たちの)証言は私たちが自信をもって世の中に送り出すものである」と語った前言を翻し、

「強制動員されたという一部の慰安婦経験者の証言はあるが、韓日とも客観的資料は一つもない」

「無条件による強制によって、そのようなことが起きたとは思えない」

と述べている。

 

もっと解りやすい話をしましょう。

誇り(だけは)高い韓国人の男たちや親たちが、自国の若い女性が数多く強制連行されて、大人しくしているほど、金玉の無い腐った人間だらけでしょうか?

 

金学順が、「金で売られた」 と証言しているにもかかわらず、 「女子挺身隊」の名で戦場に連行され、日本軍人相手に売春行為を強いられた「朝鮮人従軍慰安婦」のうち、一人がソウル市内に生存していることがわかり・・・ と金学順の証言を大々的に報じ続けた朝日新聞。

この新聞は、証言した本人が 「親に金で売られた」 と 公式の場 で 何度も証言している にもかかわらず、未だに誤報 (ねつ造) であることを認めていない。

 

 

安秉直教授は「(慰安婦問題よりも)現在の韓国における私娼窟(売春の温床となっている場所)の慰安婦をなくすための研究を行うべきである」と語っている

 

 

自称「従軍慰安婦」の証言

慰安婦問題の、有力な証言者として積極的に公演を行っているのが「黄錦周」「李容洙」さんの2人。

以下はすべて、従軍慰安婦として有名な「黄錦周」(ファン・クムジュ)さんによる証言での、変遷です。

 

黄錦周~1黄錦周

 

(1) 従軍慰安婦と戦後補償 / 著者:高木健一 「生活は貧しく、12歳のときに100円で売られた。ソウルの金持ちの家で小間使い。 1938年に威鏡南道ハムン郡で女中をしていた時に、その家の娘の身代わりとなって満州に連行され従軍慰安婦となった」

(2) 国連・経済社会理事会クマラスワミ報告 / 1996年1月4日) 「17歳のとき、日本人の村の指導者の妻が、未婚の朝鮮人少女全員に、日本軍の工場に働きに行くように命じました。そのとき私は労働者として徴用されたのだと思いました」

(3) 日本TV企業”TBS”「ここが変だよ日本人」というTV番組より(従軍慰安婦問題) 「私は19歳で学校を卒業する25日前に、日本軍に引っ張り出され、仕方なく慰安所に行ったんだ」

(4)「日韓社会科教育交流団韓国を訪問」/1997年夏期 「満18歳になったある日、男がやって来て、村から娘を提供するように言いました」

(5) 旧日本軍「従軍慰安婦」の証言を聞く集会 / 1997年12月5日 「村の班長(日本人)に「一家に一人は行かなくては」と脅され、1941年、韓国を離れましたが、到着した場所は、慰安所でした」

(6) 黄錦周さんの証言を聞く会 / 2001年7月17日 / 東京大学にて 「14歳のとき、いわゆる「少女出」で満州に連行され、皇軍兵士のセックスの道具にされた。つらい体験だった」

公演するたびに、証言が変わっているのが分かります。

証言記録を詳細に確認していくと、強制連行された時の年齢でさえ、14歳~20歳とバラエティーに富んでおり、証言するたびに両親のこと、強制連行手法、強制連行の経緯、強制連行先、仕事内容、その他の全てがめまぐるしく変わっています。

金目当ての偽証としか判断できない、まさに 「息を吐くようにウソをつく」 韓国人気質 丸出しの女性でした。

しかし彼女は、日本軍に従軍慰安婦を強制された有力な証言者とされており、あろうことか 「長崎平和資料館」 で最大の賛辞 (惨事?)と 共に 「デタラメな証言」 が飾られ続けているだけでなく、日本の著名な歴史学者達に引用され続け、学会の定説にまでなってしまっているのです。

( 『従軍慰安婦の真実』  (インターネットサイト) より引用、加筆)

 

 

「文玉珠」さんの証言

「文玉珠さん」という従軍慰安婦であったと主張する女性は、平成4年、日本の郵便局を訪れ、26,145円(当時の金額)の預金返還の訴訟を起こしています。

同時に、日本軍により従軍慰安婦を強制されたとして、日本政府に対して損害賠償請求訴訟まで起こしました。

当時の貨幣価値)

・総理大臣月給 800円(東条英機)
・陸軍大将月給 550
・大卒初任給     40円~100
・日本兵月給     1525
 

当時、使用人を何人も雇うことができるほど超・高額な俸給(給料)をもらえた日本の総理大臣を超える超・超・高額な報酬をもらって売春をしておきながら、「強制連行されたのです」 と訴訟を起こしたのです。

「 アジア太平洋戦争韓国人犠牲者補償請求事件 」 平成3年12月6日、補償を請求して東京地方裁判所に提訴。  平成16年11月、最高裁棄却により敗訴が確定。

その弁護団の一員として活躍したのが、高木健一 と【 社民党 】 福島みずほ。

img_1207453_37211205_2文玉珠さんの日本での活動の様子 

「日本の反日・左翼勢力が完全にバックアップ!」

img_1207453_37211205_11人権活動家(反日・左翼思想の隠れみの)を掲げる弁護士、

社民党の党首・福島みずほ

「在日朝鮮人」疑惑がつきまとう

福島みずは、当時、弁護士として、韓国国内では、名乗り出た19名の従軍慰安婦が「徹底した調査の結果、デタラメである」と結論付けられていたにもかかわらず、「本物の従軍慰安婦」であると日本政府に認めさせる運動体で活動をしていた。

当時、千円もあれば故郷の韓国・大邱に小さな家が1軒買えると体験記で述べていますから、わずか2年そこそこ慰安婦をすることで、26軒もの家が買えるほどの、莫大なお金が稼げたことが分かります。

毎月、家を買えるだけの貯金ができる超・高額な給料を、追軍(ついぐん) 慰安婦 (※ 売春婦 ) をすることで、もらっていたのです。

( 『 従軍慰安婦の真実 』(インターネットサイト)より引用、加筆 )

 

ちなみに、韓国は、朝鮮戦争とベトナム戦争で、50万人以上の女性を朝鮮人特有の「強すぎる性欲」の慰(なぐさ)み者にすべく、韓国人女性だけでなく北朝鮮やベトナム人女性を、韓国軍が拉致、監禁、強姦、誘拐などの手法を使って強制連行し慰み者とし、「強制連行した従軍慰安婦」たちに対しては、給料など払ってはいなかった。

ましてや、韓国国内で 「韓国軍によって強制連行された 従軍慰安婦たち が訴え出て」 訴訟沙汰になったにもかかわらず、韓国のマスコミは黙殺。  従軍慰安婦の存在すら、いまだに韓国政府は認めていない。

この韓国軍の行った蛮行が、のちに日本発で火を噴いた日本軍による従軍慰安婦強制連行の手口と「うり二つ」であったことは、大いいに注目すべきであるが、日本人は、その事実を誰も知らない。

なぜなら、日本の学校の教科書で沈黙し、新聞やテレビなどすべてのメディアは 「書かない、放送しない」 を貫(つらぬ)いてきたからである。

 

 

慰安婦8証拠として提出された、文玉珠の貯金通帳

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安秉直 「自発的慰安婦,これは客観的な歴史的事実」

ビュースエンニュース2006年12月6日

 安秉直(アン・ビョンジク,70歳)ソウル大学( ※ 韓国の最高学府 )名誉教授は6日,MBCの「ニュースの焦点」に出演した席で「慰安婦問題の焦点は,慰安婦がいたことは言うまでもないことであり,それを否定する人は誰もいない,「慰安婦を強制動員したかしなかったか」が問題だ」と述べ,慰安婦強制動員の証拠はないと主張した。

 彼はさらに「慰安婦というのは「軍慰安婦」であれ「日本慰安婦」であれ,生活がこのうえなく悲惨だったのであり,それについて私たちが目をつぶってはいけない。そんなことは絶対にあってはならない。そして軍慰安婦だけではなく,現在の韓国にも慰安婦がたくさんいるのではないか」と言った。彼は「国内にもいわゆる「私娼窟」があり,それはすべて慰安婦だ。そういったものを私たちがなくすためには,そのようなものがどうして発生するのかという原因について,正確に研究がなされなければならない。ただただ「強制によってそのような現象が起きる」,そう言うなら,強制さえなければそのような現象がなくなるはずではないか」と反問した。

 安教授は続いて「(日帝強占期当時) 経済状態のよかった人々は娘を (慰安婦として) 送り出さず,貧しい人々だけが送った,したがってこれはある程度の自発性もありうる,と,こんなふうに受けとれそうだが,そういうことなのか」という司会者の質問に,「それは客観的,歴史的事実だ」と確言した。

 彼は「たとえば慰安婦を動員して営業した人がいる。従軍慰安婦の中で――私は「従軍慰安婦」とは言わず軍慰安婦と呼んでいるが――慰安婦の営業者は半分以上が朝鮮人だ」と主張した。彼は「じゃあ朝鮮人がどんな権力を持っていて,強制力を動員したというのか」とも反問した。

 そうして彼は「だから,これは一種の慰安婦問題という普遍的な慰安婦問題として一般性を持っているのだが,「軍慰安婦」だから強制的に動員した可能性はある。であるから私たちがそこに関して集中的に研究しなければならないわけで,実際に私は挺対協(挺身隊対策協議会)といっしょに初期の3年間,調査したのだ」と明かした。

 彼は自らの挺対協活動からの途中下車について,「三年間挺対協で活動し,その後やめた理由は、ここの人々(の研究)は慰安婦問題の本質を把握し,今日の惨めな慰安婦現象を防止するための研究ではなく,日本と争うための研究(だったからだ)」と主張した。彼はさらに「だから,そんな反日運動に今日,何の意味があるか。そこに疑問があったので私はその活動から抜けた」と主張した。

自作自演の慰安婦問題

1993年、日弁連の高木健一(上記、(1)の著者であり、【社民党】福島みずほの戦友で反日左翼弁護士)は、インドネシアを訪問し、地元紙に「補償のために日本からやってきた。元慰安婦は名乗り出て欲しい」という 内容の広告を出した。

 

568f545d27f10f03fcf5c69a4833b151日弁連の弁護士 高木健一

 

しかし、インドネシアのスエノ社会大臣は事件を焚きつけた日本人達(共産党・朝日新聞・日弁連ら)に対して「インドネシア政府は、この問題で補償を要求したことはない」「しかし日本政府(村山富市首相・社会党)が元慰安婦にお詫びをしてお金を払いたいというので戴くが、元慰安婦個人には渡さず、女性の福祉や保健事業のために使う」「日本との補償問題は1958年の協定により、完結している」との声明を発表している。

また、インドネシア英字紙インドネシア・タイムス会長のジャマル・アリは「ばかばかしい。針小棒大である。一人の兵隊に一人の慰安婦(インドネシアに居た日本兵は約2万人だった)がいたというのか。どうしてインドネシアのよいところを映さない。こんな番組、両国の友好に何の役にも立たない。

我々には、日本罵倒体質の韓国や中国と違って歴史とプライドがある。『お金をくれ』などとは、360年間、わが国を支配したオランダに だって要求しない」(インドネシア・タイムス)との見解を発表し、高木らを批判した。

インドネシアの「兵補中央協議会」元会長のタスリップ・ラハルジョは「東京の高木弁護士の指示を受けて始めた。『早く進めろ』と催促も受けた」とジャカルタ郊外の事務所で産経新聞政治部・阿比留瑠比の取材に証言している。

同協議会は、慰安婦登録者を対象としてアンケートを実施していたが、「高木弁護士の文案で作成された」とラハルジョは証言している。(産経新聞2010年8月1日)

藤岡信勝は、高木のインドネシア訪問に関して「自作自演」「火のない所に煙を立てて回っている」等の批判を行っている。 

(ウイキペディア参照)

 

 

従軍慰安婦2017従軍慰安婦を募集して回った功績で韓国から表彰される

高木健一

 

 

 

 お奨めの書籍

良く分かる慰安婦問題  西岡力 著   草思社

 

 

お奨めのサイト

 

従軍慰安婦の真実

http://makizushi33.ninja-web.net/

 

【舘雅子】東京裁判から従軍慰安婦・拉致問題まで~歴史の目撃者2

http://www.youtube.com/watch?v=gdNtG_H_Fvw

 

稲田朋美 「韓国の反日デモに参加した【民主党】岡崎トミ子 国務大臣 (国家公安委員長)は辞任せよ!」(国会答弁)

http://www.youtube.com/watch?v=k7ozPyV5U_c

 

反日帰化議員【民主党】岡崎トミ子 国家公安委員長就任記念 

http://www.youtube.com/watch?v=LtFKCs_Fgqw

 

稲田朋美 「寝とぼけた【民主党】鳩山総理へ」(国会答弁)

http://www.youtube.com/watch?v=iIUxGdNfL1E

 

【民主党】 岡崎トミ子国務大臣VS西田昌司(国会答弁)

http://www.youtube.com/watch?v=zOd8RLgRINI

※ 笑えるのは、公安警察の内定調査対象者となっている 問題のある 岡崎トミ子議員を、【民主党】政権は、国務大臣に任命し、(公安を含む)日本の治安をつかさどる国家公安委員会のトップに据えた。 日本人は、こんな政党に絶大なる信頼を寄せ、政権政党にさせたのです。  このような政権を圧倒的に支持したのは、我々日本国民であったことを、しっかりと心に刻み付けなくてはいけません。

 

【 民主党 】 岡崎トミ子  国家公安委員長

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「正しい日本の歴史」 (目次)

http://rekisi.amjt.net/?page_id=9

 

 

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