従軍慰安婦の真実  (長編読み切り版)

On 2013年4月11日

 

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韓国併合の真実

「従軍慰安婦」の真実

 

慰安婦21

民主党 ・ 岡崎トミ子 元・国家公安委員会委員長、内閣府特命担当大臣

慰安婦22

 

半島人にはウリナラ的、知的、誠実の3つのうち、2つしか持ち合わせる事が出来ない。

知的で誠実な人だとウリナラ的でないし、

知的でウリナラ的だと誠実でないし、

誠実でウリナラ的だと知的でない。

                          (「世界のジョーク」より)

 

ウリナラとは?:朝鮮語で「我が国」という意味を持つ言葉。日本語に訳すときは

        「韓国」や「北朝鮮」と訳すのが適当だろう。

 

慰安婦

 在韓日本大使館前だけでなく、シンガポール、アメリカ各都市、ついにはニューヨーク、

それだけに止まらず、ヨーロッパ各国へと世界へ設置され続けている、

従軍慰安婦像

韓国政府により、韓国人移民たちを使っての徹底した宣伝工作が行われ、

アメリカでは日本人の子供が「従軍慰安婦」がらみで、いじめの被害にあっている。

 

 

 

昭和48年、千田千夏が、著書『従軍慰安婦』で、「関東軍が慰安婦の徴募を朝鮮総督府に依頼し、それが強制連行に発展し、挺身隊に動員された女性20万人の中から7万人が慰安婦にさせられた」と書いたことが始まり。

この本で、はじめて「従軍慰安婦」という用語が使われた。

 

 

強制連行され売春婦にさせられて・・・

日本は日韓併合時、従軍慰安婦は二〇万人もおり、その中には、日本軍や政府機関がかかわり、多くの韓国人女性をだまし、誘拐し、拉致監禁をおこない、強制連行までして従軍慰安婦として慰み者にした。このような卑劣な行為は許されるものではなく、日韓両国の歴史教科書にもしっかりと掲載され、繰り返しテレビが放映し新聞報道がなされ、国際問題にまで発展し、日本の内閣総理大臣は非を認め謝り続け、外務省は河野談話を発表、朝日新聞には連日が如く徹底的に指弾され、NHKでも放映が繰り返された悲劇を、私たちは忘れてはいけません。

 

一つの疑問が湧きます。

 

先ず一般論として、本当に誘拐や強制連行で慰安婦にさせられたのであれば、軍による強制された従軍慰安婦の発生時、戦中、もしくは、どんなに遅くとも終戦直後には大問題(韓国・北朝鮮は戦勝国)となって大騒ぎになり、時間の経過とともに、だんだんと下火になっていくものです。

にもかかわらず、事件があったとされる当初から、それどころか戦後三〇年以上も全く話題にすらならなかった「大問題」が、戦後三三年も経った、昭和五八年、なぜ、突然、降って湧いて出てきたのでしょうか?

日韓併合時に問題にならなかったのは、占領し支配していた日本人が、あまりにも強大だったからなのでしょうか?

私たちが学んだ歴史通りだとすれば、「その通りです」と言えます。

 

しかし、そうであれば、韓国は戦勝国ですから、日本の敗戦とともに大きな問題となり火を噴き、東京裁判でも取り上げられ、戦後すぐに大きな社会問題とならなければいけません。

 

なんだか、おかしいと思いませんか?

 

実は、日韓併合当時、韓国に居た日本人の割合は一%にすぎなかったのです。警察官の割合も韓国人は五〇%を超え、韓国人警察官も日本人と同じ権限を持っていました。警察署長までもが韓国人でした。裁判所の判事、検事などにも韓国人がいました。朝鮮総督府では、局長、部長、課長にも韓国人がおり日本人が部下として仕えていたのです。韓国人の大日本帝国軍人も銃火器を持って韓国国内に駐留していました。士官の方まで、創氏改名をせず『韓国名』のままで韓国にいました。

パワーバランスから考えて、韓国人の方が圧倒的に強かったのです。女性の拉致監禁が一件でも起ころうものなら、儒教の教えである家族を最も大切にし、ちょっと何かあると、「怒鳴り散らす」、「口汚くののしる」、「大騒ぎする」韓国人の国民性からして、大騒ぎとなるはずです。ましてや拉致された家族は、それこそ大騒ぎになりませんか?

もう一度言います。

警察官(※武器を携帯している)の半分以上は、韓国人で、警察署長までいたのです。

そのような状況下で女狩りが堂々と行われているにもかかわらず、誰一人として問題にする者がいなかったのです。韓国人の目の前で、若い女性の強制連行、拉致監禁が何千、何万件も起こっていたのです。全人口の一%に過ぎない日本人が、そんな悪いことをして安全に生きていけるのでしょうか?

ましてや、日本に対する理不尽極まりない過剰ともいえる感情表現をする韓国人が、戦後から三〇年以上も『従軍慰安婦問題』に関しては、一言も、触れていなかったのです。

 

「儒教を尊び、年長者を敬い、貞操観念が強い韓国女性だから、このような恥ずかしいことは死んでも言えなかったのだ」という、もっともらしいご意見が聞こえてきそうです。

 

果たして、本当のところは、どうだったのでしょうか?

 

 

聞いたことが無い『従軍慰安婦の強制連行』

「日本人が朝鮮の田舎に行って、若い娘たちを奪ってきたと言われますね。そんなことはあり得ないです。もしそんなことをしたら誘拐犯ですし、懲役刑を受けることになります。いや、法律の問題以前に、村の人たちにめちゃめちゃにやられてしまいますよ。・・・・・
またそんなことがあれば、必ず私の耳にも入ってきたはずです。でも、そんな話も噂も一度も聞いたことがありません。これはね、当時朝鮮に住んでいた日本人の名誉にもかかわることです。・・・・・
警察署長も朝鮮人でしたし、裁判所の判事、検事などにも朝鮮人がいました。朝鮮総督府では、局長、部長、課長にも朝鮮人がいました。もちろん警察官は、朝鮮人だろうと日本人だろうと同じ権限を持っていました。
そういう状況下で女狩りが堂々と行なわれ、一人として問題にする者がいなかったなんて、あり得ないことです。全人口の一%にすぎない日本人が、そんなに悪いことをして安全に生きられたわけがないんです」

阿部元俊さんの証言。 大正九年、三歳のときに朝鮮に渡り学生時代を過ごした。(『日本併合時代の真実』より引用)

 

日本だけでなく世界の常識で考えたとき、家族の中でだれか一人でも拉致、誘拐、軍による強制連行があったならば、大変に目立ち、隣近所を含めて大騒ぎになるはずである。特に家族の騒ぎ方は、半端ではない。

それが、何千、何万人単位で起こっていたのであるのだから、地域社会どころか国中が大騒ぎになる。しかし、全くそうはならなかった。

日本が大東亜戦争に敗け、朝鮮人たちが「戦勝国人」になり、日本人に対して特権を与えられた後も、何事もなかった。

そして、戦後三〇年以上も経った後、突然、日本人が書いた本が出版され、当時盛んになりつつあった在日韓国人による指紋押捺拒否運動とリンクし、日本を批判することを「正義」とする左派勢力の強力な助力を得て日本国内で燃え広がり、その後、当事国である韓国に飛び火した。

韓国は、この日本からの情報に飛びつき、謝罪と『お金』を要求。日本政府は謝罪し、『お金』を支払ってしまった。

不思議なのは、日本で本が出版されるまで、小学校から反日教育が盛んに行われ、反日感情が非常に高い韓国社会において、日本軍による強制連行があったとされる従軍慰安婦問題は、誰の口からも出たことは無く、存在すらしていなかったことです。

この状況を冷静に考えれば、日本軍による拉致や強制連行に関して、三〇年以上に渡り「何ごともなかった韓国」という事実が、すべてを物語っていると考えるのが自然ではないだろうか。

 

 

韓国が主張する、従軍慰安婦のウソ

戦後三〇年以上たった後に、「日本を一度破壊し尽くし、その後、理想的な共産主義国家建設をしよう!」という理想に燃えた『左翼』・『人権主義者』とよばれる知識人(東京大学をはじめとする大学の教授ほか)やマスコミ(朝日新聞・毎日新聞・NHKなど)によって、考え出された『従軍慰安婦』という名前のため、軍が関与したがごとく私たちは理解してきましたが、

従軍慰安婦とは、実は、町々にあった「民間人が経営する慰安所(売春宿)で働く慰安婦(売春婦)」のことで(※当時、売春は、世界各国で合法)、軍の駐屯地のそばで営業し、軍人を主要顧客として大いに賑わっていました。

料金も高く、兵隊さんの月給が三円五〇銭の時代に一回一円支払っていたのです。現在の料金ですと、一〇万円と言ったところでしょうか。現代のイメージでは、アメリカ軍基地のそばにある米兵向けの高級ソープランドのような感じです。

そこで働いていた女性たちを『従軍慰安婦』とネーミングし、(日本を貶めようとする黒い意志をもって)センセーショナルに日本でデビューさせたのが、事の発端だったのです。いまだに、日本から金をふんだくれる外交カードとして、韓国では、国を挙げて世界に向かって(※真実がすぐバレてしまうアジアではなく白人種の国々)大騒ぎを演出しています。

アジア各地の慰安所では「韓国人経営」の韓国人慰安婦がサービスをする店が多くありましたが、慰安婦に対する待遇が悪く、給料のピンハネや不払いも多く、暴力を振るわれ、休みがなく、人間として扱ってくれる店は少なかったのです。

当然、韓国人よりも多く存在した日本人慰安婦が働く日本人経営の慰安所も数多くありました。女性を人間として扱ってくれる暴力を振るわないばかりか、様々な待遇まで大変に良い日本人経営者の店に、多くの韓国人慰安婦たちは、行きたがったそうです。

 

私たちが見落としている、重大なことが一つあります。

 

日本人の慰安婦は、誰も名乗り出てはいません。

名乗り出れば、大金が手に入るにもかかわらず、人知れず、そっと暮らしているのです。

韓国人と日本人、人間性が全く違うことは、この事実からもはっきりと理解できますね。

 

慰安婦1

 笑顔を見せている右端の女性は、『韓国の歴史教科書』では必ずカットされて掲載される

慰安婦2

日本兵のあとを追って河を渡る、笑顔の朝鮮人慰安婦

韓国人はウソをつく

韓国人の国民性がよく分かる記事が、『朝鮮日報』二〇一〇年一〇月一一日に掲載されていましたので、一部引用します。

「韓国人は嘘をつく? 偽証罪は日本の四二七倍、誣告(ぶこく)罪は五四二倍で発生!」  韓国の法廷では、うそをつく偽証や、ありもしない容疑をでっち上げて他人を告訴、告発する誣告事件が、日本に比べてはるかに多い。二〇〇七年に日本では偽証罪で九人が起訴されたのに対し、韓国では一五四四人が起訴された。 誣告罪の場合、日本では一〇人、韓国では二一七一人が起訴された。 起訴された数字だけを見ると、偽証罪は日本の一七一倍、誣告罪は二一七倍に当たる。 しかし、日本の人口が韓国の二.五倍だということを考慮すると、実際には偽証罪が四二七倍、誣告罪は五四二倍となる」

 

強制連行の証拠とは

慰安婦3 韓国の政府機関Ministry of Gender Equality & Family(女性家族部)のHPより

 

韓国政府が『慰安婦が強制連行された証拠』とした新聞の切り抜き記事があります。
これには、一九四四年一〇月二七日と書いてあります。
「『軍』慰安婦急募 月収三〇〇円以上(三〇〇〇円まで前借が可能) 年齢一七歳以上三〇歳以内 募集期日一〇月二七日から一一月八日」と書いてあります。

どこから見ても、今日の風俗嬢の募集広告と何ら変わらない新聞の募集記事です。

ただ、ほかの募集記事と違っている点は、当時、韓国の平均的な工場労働者の賃金は二〇円でしたので、その一五倍、労働者の年収をはるかに超える超高額な給料を毎月もらえる仕事の、募集記事だったのです。今でしらた、月収、三〇〇万円以上くらいでしょうか。その上、韓国に豪邸が建てられるだけの前借まで出来たのです。

国全体が非常に貧しく、男尊女卑が徹底していた韓国では女性には就ける仕事が無い、そのような状況下、夢のような高給がもらえる仕事として、日本軍駐屯地のそばで営業している売春宿は大変な人気があったのです。日本に併合される千年以上前より、支那に貢物として綺麗な女性は売春婦として売り渡され続けた韓国では、売春が、二〇〇四年まで、仕事として公然と認められていた。

昭和五三年、日本人により創作されネーミングされた「従軍慰安婦」とは、実は、超高額の収入を得ることが出来る「追軍慰安婦」(軍の後を追っていく慰安婦)のことであり、当時、大変人気のあった『売春のお仕事』だったのです。

歴史的に売春が、公然と、女性の仕事として積極的に認められてきた韓国では、強制などしなくとも、超『高給』に引き寄せられ、断らなければならないほどの求職者が来たことは想像に難くありません。
これをもってしても、すべての韓国人と、日本を動かす国会議員、そして東大を卒業したような頭の良い高学歴なエリート官僚たち、教科書を作っている会社、そしてNHKやテレビ朝日を始めとするテレビ、朝日新聞を筆頭とする新聞各紙までもが、「強制連行であり、謝罪が必要です」と、今でも、当然のように理路整然と国民感情に行き渡るよう語り、正義の仮面をかぶって「日本非難の声」を声高に叫んでいるのです。

 

朝鮮戦争での従軍慰安婦

(※朝鮮戦争:昭和二五年六月五日、成立したばかりの大韓民国と朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)の間で、朝鮮半島の主権をめぐり北朝鮮が国境を越えて侵攻してきたことによって勃発した戦争。昭和二十八年七月二七日休戦した)

朝鮮戦争では、韓国軍は慰安婦を制度化して、軍隊が慰安所を直接経営することもあった。また、慰安婦で構成される「特殊慰安隊」と呼称された部隊は固定式慰安所や移動式慰安所に配属されており、女性達の中には拉致と強姦により慰安婦となることを強制されることもあった。韓国軍やアメリカ軍の前線にはドラム缶に押し込められた女性達がトラックで補給され夜間に利用された。(ウイキペディアより引用)

韓国の陸軍本部が昭和三一年に編さんした公文書『後方戦史(人事編)』に「固定式慰安所-特殊慰安隊」の記述がある。設置目的として「異性に対するあこがれから引き起こされる生理作用による性格の変化等により、抑うつ症及びその他支障を来す事を予防するため」とあり、四カ所、八九人の慰安婦が昭和二七年だけで二十万四五六〇回の慰安を行った、と記す特殊慰安隊実績統計表が付されている。

軍関係者の証言の中には、軍の補給品は第一から第四までしかないのに、「第五種補給品」の受領指令があり、一個中隊に「昼間八時間の制限で六人の慰安婦があてがわれた」とする内容のものもある。

第二次世界大戦後、慰安婦に関する連合軍指令は、一九四七年 一一月一一日、米軍に下された。米軍政庁が公布した公娼廃止領(法律第七号)の発效した時点は一九四八年二月からである。明確な記録はないが、朝鮮戦争により慰安所が設置された時点は一九五一年と推定される。
したがって米軍・韓国軍は公娼廃止領にもかかわらず一九五一年から一九五四年まで約三年間、不法で公娼を設置・運営した犯法行為を、欲しいままにしたのである。

それがなぜ不問に付され、朝鮮戦争後、アメリカ軍相手の売春を強制されていた女性達が、謝罪と補償を求めているが、「彼女達は自発的な売春婦」であるとして、一切の謝罪・補償をおこなっていない。アメリカ軍相手の売春を韓国政府やアメリカ人により強制されていた女性達は、「韓国政府による日本に対する絶え間ない賠償要求は、明らかに『韓国自身の歴史に対する欺瞞』である」と訴えている。

どんな人が慰安婦になったかは明らかではないが、朝鮮戦争時に娼婦(慰安婦)が急増し、三〇万人にも及んだことから、韓国・慶南大客員教授の金貴玉(キム・ギオク)氏は「戦時の強姦(ごうかん)や夫の戦死がきっかけで慰安婦になった民間人も少なくない」と見ている。

平成二一年一月、韓国の元慰安婦グループが、「一九六〇年代から一九八〇年代にかけて米兵との性的行為を強制された」として、当時の政府指導者と米軍を併せて告発した。しかし、これを報じたのは米NYタイムズだけであり、韓国内では一切報道されていない。被害者であることは強調するが、加害者であることは黙殺する、あるいは、自らに都合の悪いことには目をつむる。これが、韓国社会の強固な不文律であり、これを破ると激しくバッシングされ、命の危険すらあるのである。

韓国軍の慰安婦事情

朝鮮戦争における韓国のケースでは韓国政府やアメリカ政府による強制があったとされている。朝鮮戦争中に韓国軍に捕縛された北朝鮮人女性は強制的に慰安婦にされることもあった。さらに韓国軍の北派工作員は北朝鮮で拉致と強姦により慰安婦をおいていた。少なくと一九八〇年代までは韓国人女性達は、韓国政府やアメリカ人によりアメリカ軍相手の売春を強制されていた。韓国人女性達への強制が終わると、ロシア人女性やフィリピン人女性達が代わりとなった。一九九〇年代以降の韓国では、アメリカ軍基地の近くでフィリピン人女性達が、韓国人業者により売春を強制されている。一九九〇年代中ごろから二〇〇二年までに五〇〇〇人のロシア人やフィリピン人女性達が密入国させられた上で売春を強制させられていた。二〇〇〇年代の韓国では、韓国軍相手の女性達の九〇%がロシア人やフィリピン人女性などの外国人であるとされている。二〇〇九年現在のアメリカ軍基地近接地で売春を強制させられている女性に占めるロシア人女性の比率は減少しているがフィリピン人女性の比率は増加している。なお、現在の韓国では売春は違法行為となっている。(ウイキペディア)

 

慰安婦4

北朝鮮の娘を強制連行し、米・韓国軍の従軍慰安婦とした上、洗濯や料理までさせていた

 

アメリカ軍は、日本で従軍慰安婦を強制した

 

慰安婦24横須賀につくられた、日本人婦女子による米兵向けの従軍慰安所 

 

戦後、アメリカ占領軍が日本に来て最初に行った要求は、実は、アメリカ軍人の為の『日本人の女性による慰安所』の開設だったのです。

要求というより、占領されている日本政府は拒否できないのですから、当然命令でした。日本政府は各地から慰安婦を募集し、日本人婦女子をアメリカ軍人にあてがったのです。パンパンと呼ばれていた人たちを含め、お国の為、そして多数起きていた日本女性への強姦・輪姦、強姦殺人事件を少しでも減らすため、日本女性は「お国の為に」米軍兵士相手の慰安婦になったのです。

韓国ばかりでなく、日本においてもこのような歴史事実がありながら、自分のことは一切棚に上げ、アメリカ人は日本の従軍慰安婦問

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